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横浜地方裁判所 昭和59年(わ)2800号 判決

主文

被告人を懲役四月に処する。

本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

横浜地方検察庁で保管中のエックス線照射器(アトムスコープ)一組(昭和五八年領第二四二八号の符号3)及びカセッテ五枚(同号の符号4)を没収する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、横浜市神奈川区西寺尾二丁目一〇番一一号に施術所を設け「西寺尾整骨院」の名称で柔道整復師の業務に従事しているものであるが、医師、歯科医師、診療放射線技師又は診療エックス線技師の免許を受けていないのに、別紙一覧表記載のとおり、昭和五七年一〇月一日ころから同五八年四月二二日ころまでの間、六二四回にわたり、右同所において、長崎照子ら延三三六名に対し、エックス線照射器を使用して同人らの人体にエックス線を照射して撮影し、その読影により骨折の有無等疾患の状態を診断し、もって医業をなすとともに放射線を人体に対して照射することを業としたものである。

(証拠の標目)(省略)

(被告人及び弁護人の主張に対する判断)

一  被告人及び弁護人は、公訴事実の記載中、その外形的事実を認めながら、これらの行為は、被告人が柔道整復師として、正当な業務として行ったものであり、無罪であると主張するので、以下判断をする。

二  (診療放射線技師法及び診療エックス線技師法――以下単に技師法という――違反について)

被告人及び弁護人は、柔道整復師は、医師(歯科医師を含む。以下同じ。)とは別に、「骨の疾患」に対し、徒手整復を業として行うものであり、柔道整復師法によって、独立して医業を行うことが許されているのであって、そのため本件の場合のように柔道整復師が診断のためにエックス線を照射(撮影を含む。以下同じ。)することについて、同法は直接禁止する規定を設けていないのであって、被告人の本件の各行為は技師法第二四条第一項に違反しないと主張する。しかし、前掲各証拠によると、放射線(エックス線を含む。以下同じ。)の利用が現代の医療のため必要不可欠のものであるとともに人の健康保持のため多大の貢献をしていることは明らかに認められるところであるが、反面、その誤った使用方法によって施用者、被施用者が放射線に被曝し、人体に癌の発生など種々の重大な障害を負う可能性があること、現在、放射線機器の改善によっても、なおかつ右の可能性を除去し得ないこと、又拙劣な撮影方法によって不正確な写真が出来、それが医師の診断に重大な過誤を与える可能性を有することも亦認められるところである。

そこで、技師法は右の弊害を除去するため、同法第三条に放射線技師を免許制にする旨規定してその資格を明確にする一方、その業務が適正に運用されるよう規定し、もって医療及び公衆衛生の普及、向上を図ろうとし、これに違反した者を一律に、例外なく処罰することにしたものと解すべきであり、所論のように柔道整復師が医師、放射線技師とは別に柔道整復の業務を行うことを認められている(これが医業でないことは後記のとおりである。)こと及び柔道整復師法に放射線照射を直接禁止した規定がないことを理由として、柔道整復師が骨折、脱臼の診断のため、自ら放射線の照射を行うことが技師法の規制の対象から除外されるとすべきではない(最判昭和五八年七月一四日、刑集三七巻六号八八〇頁参照)。

このことは、柔道整復師法、同法施行規則、柔道整復師学校養成施設指定規則と技師法、同法施行規則、診療放射線技師、診療エックス線技師学校養成所指定規則と対比すると明瞭である。

即ち、柔道整復師と放射線技師とはその免許試験科目、養成のための履修科目(例えば、後者には放射線に関する多数の講座があるにもかかわらず、前者にはこれがない。)、実習施設の基準等に大きな違いがあり、柔道整復師には放射線に関する専門的知識、経験、技術等を全く要求されず、業務上、放射線照射を予定していないのである。

なお、技師法第二四条第一項は反覆継続の意思をもって、放射線を人体に照射することを処罰するものと解されるが、前掲各証拠によると、被告人は昭和五四年五月ころから人体に対しエックス線照射を継続してきたものであって、その業務性も明らかに認められるところである。

三  (医師法違反について)

被告人及び弁護人は、前記のとおり柔道整復師は柔道整復師法によって、医師とは別に医業を行うことが許されているのであるから、医師法第一七条の適用はなく、当然、右医業を行うために、放射線照射の決定、その放射、撮影、写真の読影等一連の放射線を使用することが許されているのであり、これは柔道整復師として正当な業務行為であると主張する。

しかし、医師法にいう医業とは医行為を業として行うものであり、医行為とは主観的には人の疾病治療を目的とし、客観的には医学の専門的知識を基礎とする経験と技能を有する者がこれを用いて診断、処分、投薬、外科手術等の治療行為の一つ若しくはそれ以上の行為をすることをいい、右にあたらない者がみだりにこれを行うときは人の生理上危険のあるものと解すべきであり、医師法は医師のみに医業を許しているのであって、医師のみが当然かかる高度の専門的知識技能を有していることを前提にしているものと解されること(最判昭和三〇年五月二四日、刑集九巻七号一〇九三頁参照)、柔道整復師法第一六条は「柔道整復師は、外科手術を行い、又は薬品を投与し、若しくはその指示をする等の行為をしてはならない」同法第一七条は「柔道整復師は医師の同意を得た場合のほか脱臼又は骨折の患部に施術してはならない」とそれぞれ規定をおいて、柔道整復師の業務の内容を著しく制約していること、医師と柔道整復師とは免許取得のための要件、特に医学の知識・技能の面において差異があることなどからすると所論のように柔道整復師法が柔道整復師に医師とは別に医業を行うことを許したものとは到底解し得ないところである。

前記二において認定したとおり放射線はその誤った使用方法や拙劣な写真撮影、その読影によって数々の重大な結果を生ずることから高度の専門的知識技能を有する医師及び資格を有する放射線技師にのみ限って、これを取扱わせるべきものであること、右の資格ある放射線技師であっても、その業務の範囲を厳格に放射線の照射行為(撮影を含む)に限っていること(技師法第三条、第二六条)、更に放射線の照射の決定、照射行為、写真撮影、その読影及びこれに基づく疾病の有無判断は、これを誤れば人の生理上重大な危険を発生せしめる医行為そのものであることを併せ考慮するならば、柔道整復師が所論の理由から放射線を利用することが許さるべきであるとは到底解し得ないものである。

なお医師法第一七条に定める業務は反覆継続の意思をもって医行為に従事することと解せられるが、前掲各証拠によれば被告人は昭和五四年五月ころから人体に対してエックス線の照射、読影、診断を継続してきたものであって、その業務性も明らかに認められるところである。

四  (社会的相当性の主張について)

被告人及び弁護人は、被告人の本件各行為は、柔道整復師の業務の範囲内のものであり、これらは施術に必要かつ有益なものであって、社会的相当性があると主張する。

しかし被告人の本件各行為はすでに説示したとおり技師法、医師法に違反するものであり、放射線の取扱いは医師及び放射線技師以外の者には絶対に許してはならないのであって、このように解してのみ人は適格者による信頼すべき放射線の照射・撮影、医師による適正な診断・診療ないし指導を受ける機会を得られて生理上の危害を予防することができるのであり、このことは法秩序全体の精神に照らして是認さるべきものである。これに反して前掲各証拠によると被告人は、エックス線を含む放射線の専門的教育ないし養成を受けることなく、わずかに短期間の講習を受け、あとは独学したにすぎないのであって、到底、放射線について専門的知識技能を有しているとは認められず、又被告人が業務上放射線照射を行う必要があれば放射線についての教育を受け、放射線技師試験に合格して免許を得ればよいのであり、又被告人は自分の施術所にレントゲン機器を設置する以前の約三年間、本件各行為によって検挙されてから現在に至るまでレントゲン機器を使用せず、医師の診断等を経由して施術を行い、これが可能であったこと、その営業成績も順調に推移していることが認められるのである。

右の各事実を考慮するならば、被告人の本件各行為が所論の理由により社会通念上相当な行為に属するとは到底いい得ないところである。よって被告人及び弁護人の以上の各主張は採用することができない。

(法令の適用)

被告人の判示所為中医師法違反の点は、包括して同法第三一条第一項第一号、第一七条に、判示所為中エックス線を照射して撮影した点は、包括して、昭和五八年法律第八三号(改正後、診療放射線技師法)附則一六条により同法による改正前の診療放射線技師及び診療エックス線技師法第二四条第一項、第三項、第二条第二項、第一項第四号に該当するところ、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法第五四条第一項前段、第一〇条により一罪として重い医師法違反の罪の刑によって処断することとし、所定刑中懲役刑を選択し、右刑期の範囲内で被告人を懲役四月に処し、情状により刑法第二五条第一項を適用して本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予し、主文掲記のエックス線照射器一組及びカセッテ五枚は同法第一九条第一項第一号、第二項を適用して、これを没収することとし、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用して、被告人に負担させることとする。

よって主文のとおり判決する。

別紙一覧表

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患者数延合計  三三六名

照射回数合計  六二四回

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